14.「あさかやま」の歌(1)


    安積香(あさか)山、影さへ見ゆる、山の井の、
    浅き心を、わが思はなくに


この「あさかやま」の歌は、「古今和歌集」の前書きである「仮名序(かな・じょ)」というところで、


  歌の父母(ちちはは)のやうにてぞ、
  手習ふ人のはじめにもしける


と云って挙げられている二つの歌の一つだけど、その一つ「難波津(なにはづ)」の歌についてはちゃんと歌が書かれているのに、「あさかやま」の歌についてはそれが無い。

それだけよく知られていて、くどくどと書く必要もなかったと云うことなんだ。それに「あさか山の歌」ではなく、「あさか山のことば」とあるところが、この歌の「ことば」の格別の意味合いを示唆している。


万葉集の巻第16にあって、その巻では、歌が詠まれたいきさつ、事情のようなことが細か目に説明されている、そういう歌が主に集められている。巻の始めに「由縁(ゆゑん)ある雑歌(ざふか)」としるされていて、「由縁」は「由来」、「ゆかり」、といったこと。安積香山は今の福島県郡山市の近くにある山だと云われている。


万葉集のその巻では、この歌に続いて、「右の歌は、伝へて云はく・・」という風にして、この歌が詠まれた時の事情について、云い伝えられていることが書かれている。その説明によると、こういうことなの。
      
      

都から偉い人、それは「葛城王」(かづらきの・おほきみ)という人だけど、その人が、陸奥(みちのく)の国に来た時に、そこの国司のもてなしの仕方が甚だしくなおざりだった。それで都の人はおもしろくなく、顔に怒りの色がありありと出ていて、酒食の宴席を設けても、全く楽しもうとしない。


他の言い伝えによるとこのことには訳があり、みちのくの国は不作が続き、租税を十分に納めることができなかった。国司としては無い袖は振れぬ、ということだったという風にある。


とにかく都の人、国司の両方とも機嫌が悪い。そして万葉集の説明にはこうある。

その時、みやびやかさを備えた娘子(をとめ)がいた。その娘子は、左の手にさかづきを捧(ささ)げ、右の手に水を持ち、というのは水を入れて注ぐ容器、これはその時どういうものを使っていたかはわからないけど、それを右手に持って、そこで葛城王の膝を打って、何をどういう風に打ったのか、そこが分からないところなのだけど、とにかくそうやって、そしてその安積香山の歌を詠んだ。

そしたら、葛城王は怒りの気持ちがたちまちほどけて、うれしくなり、それから一日中お酒を飲んで楽しんだ、と、そういう風に万葉集は事情を説明している。


他の云い伝えでは、それでその国は三年の間租税を免除され、その娘子(おとめ)は、天皇のお食事にお仕えする「采女(うねめ)」として推薦されて都へ行くことになった、と伝えられている。


万葉集にある説明では、その娘子は「前(さき)の采女」となっていて、それに従うと、かつて采女として天皇にお仕えしていた人、ということになる。その娘子はその地の豪族の娘、と伝えられてもいる。斉藤茂吉は、かつて采女として仕えた女で、必ずしもみちのく出身の女とする必要もない、云々、遊行女婦(うかれめ)は作歌することが一つの款待(かんたい)方法であったのだから、云々、と云う風なことを書いている。



いずれにせよ、どういうことなんだろう、と思うでしょ。「左の手にさかづきを捧(ささ)げ、右の手に水を持ち、そして葛城王の膝を打って、その安積香山の歌を詠んだ」、そのことがどうして葛城王の機嫌を直し、その上、言い伝えで言われていることに従えば、三年間の免税をさせる、それほどまでに喜ばせてしまうんだろう。


第一、「葛城王の膝を打って」とあるけど、両手がふさがっているのに、どうやって膝を打つことができるんだろう、と思うでしょ。そもそもどうして「膝」を打つ必要があるの? 


万葉集の漢字で書かれた原文では、膝を打つそのところは、


    撃之王膝


と書かれているけど、「之(これ)を王の膝に撃(う)つ」と読めばいいのだろうか、そしたら、その「之(これ)」というのは何を指すのだろう。今ある一般の読みくだし文にはその「之」のことが書かれていないけど・・


斉藤茂吉は、「伝説の文の『右手持水、撃之王膝』につき、種々の疑問を起こしているが、二つの間に休止があるので、水を持った右手で王の膝をたたくのではなかろう。『之』は助詞である。」と書いている。(「万葉秀歌」、岩波新書



万葉集の原文に書かれている「安積香山」の「安積香」は、上に述べた古今集の仮名序に「あさか山」と書かれていることもあって、普通「あさか」と読まれている。でも今は地名にある「あさか」は、「浅香」とか「安積」とかいう風に書く。聖武天皇の皇子で「安積親王」と云う人がいたけど、その場合も「香」の字無しの「安積」だけでもって「あさか」と読んでいる。


「積」の字は漢音で「セキ」、呉音で「シャク」と読んで、万葉集では呉音が用いられているということで、「積」は「サカ」とは読みにくいけど、「安積」はとにかく「アサカ」という風に読まれて来ている。


万葉集はなぜ「安積香山」という風にわざわざ「香」の字を足したのだろう。おじさんは、万葉集は「安積香」の「積」を呉音で「シャク」と読ませ、それに敢えて「香」の字を加え、「安・積・香」は「ア・シャク・カ」ということで、「アシャッカ」と読ませたいんだ、って云ってた。


(「あさか山」の歌、つづく。)